中谷彰宏

尊敬しています。僕の大学生活は彼の本に始まり彼の本に終わるといっても過言ではないかもしれない。「大学時代しなければならない50のこと」を入学前に読み、就職活動前の現在は「面接の達人」シリーズにお世話になってます。

大学時代しなければならない50のこと (PHP文庫)

大学時代しなければならない50のこと (PHP文庫)

面接の達人 2007 問題集 男子編 (MENTATSU 4)

面接の達人 2007 問題集 男子編 (MENTATSU 4)

そういう訳で

悩み始め、そこに就活するか、従来どおり研究職一本で攻めるかを、未だに模索中。おそらくは両方準備を進めることとなるだろう。Princeton Reviewには予定通り通ったが、迷いの方がpresence圧倒的に大きかった。そうして今日、ひと段落。申し込んだ頃を思い出して、不思議な感慨に浸りつつ。

研究を「使う」ということ

そして冬学期始まり。ゼミ活動で多忙な中、異様なMotivationで勉強に取り組む。セミナーにも顔を出す。友人が就活に動き始めるのを多少寂しく感じつつ。そんな中、とある説明会に参加して意外なことに気付かされた。


研究できる場は大学だけではない、と。
研究者はアドバイスしかできないのではないか、と。
それもよほど恵まれた研究者しか、政策へのアドバイスはできない。


政策が営まれる場に属していれば、政策立案者その他諸々と接する機会は外部関係者と比べて格段に多い。そしてそこでは研究が盛んで、留学制度も整っている。

確かに自分の好きな様には研究できないだろう。しかし研究で政策に関わることが最終目的であっただけに、そのチャンスが多くなる可能性がある、ということだけでも、進路選択の根幹を揺るがすに十分だった。

研究をしたい。しかし研究で完結するよりは、やはりそれをもって良い政策づくりに携わりたい。論文がacceptされ、journalに載るまでだけでも数年かかる。そしてそれを誰が読んでくれるのか、使ってくれるかは未知数。研究が有効利用されていない現状は確かに存在している。それを覚悟はしていたけど、それ以上のことができるかもしれない道に気付けたのは、その日が初めてだった。

BOSTON high

初秋のBOSTON旅行で、留学に対する漠然とした不安は消え、同時にrealな困難さが顕在化した。超基本的なコミュニケーションさえままならないし、議論なんていわずもがなというかんじ。先輩の計らいで大学のセミナーにも潜り込ませて貰えたけど、母校でのセミナー以上に活発な議論が繰り広げられ、感動すると同時に現状とのlevel格差に愕然とする。


英語本気でやらなきゃ。投資を渋っている場合じゃない。


そう強く感じ、帰国の翌日にPrinceton Reviewに赴き、講座受講を契約した。BOSTON high(?)を上手く活かさないと、また及び腰になって独学で済まそうとしては、忙しいとして後回しにし、これまでの3年間と同じサイクルを繰り返すと思って。

今すぐ始めても、realな困難を越えられる気がしなかったし。